閉校記念式典並びに閉校の集い挨拶集

榎本校長 式辞
大分県教育委員会 あいさつ
平松大分県知事 あいさつ
牧野大分県議会議長 あいさつ
尾形町長 大分県立蒲江高等学校閉校に寄せて

   

 
梅の花が咲き、桜の季節を迎えようとしているこの良き日に、大分県知事平松守彦様、大分県議会議長牧野浩朗様をはじめ多くのご来賓の方々のご臨席のもと、大分県立蒲江高等学校閉校記念式典を挙行出来ますことを光栄に存じます。
 いよいよこの日がやってまいりました。 平成11年8月30日に生徒募集停止が発表された時に、この日が来るのは分かっていましたが、いざこの日を迎えると惜別の情を一段と深く感じます。
 本校は昭和23年10月1日、青年学校の跡地に、昼間と夜間の定時制普通科と家政科の大分県立佐伯第二高等学校蒲江分校として発足し、以来53年と6ヶ月の間、4,435名の卒業生が学び、375名の教職員が赴任致しました。
 卒業生の方々にとりましては、学舎は蒲江町立の統合中学校であります蒲江翔南中学校として残りますが、学んだ学校がなくなるということに断腸の思いをされていることと思います。 過ごされた年代で、それぞれの思い出は異なるかと思いますが、友と過ごした高校生活を昨日の出来事のように思い起こされておられるのでないでしょうか。
 青年学校の校舎、小学校・中学校での間借りでの校舎、新築された旧校舎、そして、現在のこの校舎の姿が映像のように蘇るとともに、寒さ暑さの中、また、雨の日、通学時間に1時間以上かけて山越えや船で苦労して登校したこと。 友とふざけたり、時には謹慎を気にしながら悪さをしたことが走馬灯のように思い出されておられるのではないでしょうか。 また、各種競技大会に参加するための費用稼ぎをし、そのような中で立派な成績を上げられました。 特に軟式野球部の全国大会での準優勝は町中が沸き立ちました。 体育大会・文化祭は町の恒例行事として町民の方々を楽しませて下さいました。 そして、30年間引き継いで来られました「はまゆう活動」は町民の方々に知られるようになり「浜木綿」が「町花」になりました。 蒲江高等学校は県立高校ではありましたが、地域に密着し、地域に育てられた「町の高校」の色彩が強かったと思います。
 本校に在職された教職員の方々、昔の畑の浦峠や轟峠を考えますと、一様に道路事情がよくなったことに驚かれているのではないでしょうか。 職場では、各種の研究指定や大学進学等の指導に頑張った時代もありました。 学校が荒れた時代もありました。 「はまゆう活動」で生徒と一緒に汗も流しました。 生徒と言い争ったこともありました。 4月の歓迎遠足で生徒から海に放り込まれたこともありました。 また、蒲江高校という職場で良き伴侶を得られた方もいらっしゃいます。 勤務されたその時々で各人各様の思いがおありのことと思います。 その時々で、楽しく過ごされたり苦労された苦い思いも、過ぎ去ってみればすべて良き思い出として残っているのではないでしょうか。
 校舎は後輩である中学生に引き継がれます。 勉学にスポーツに県下に名の轟く中学校になることを強く期待します。
 高等学校の閉校は県下でも初めての出来事です。 誰もが未経験であり本校の教職員に戸惑いと不安が在りましたが、無事最後の務めを果たせることが出来ると思っています。
 本当に53年6ヶ月の間、県教育委員会、町長さんを始め地域の方々、中学校の先生方、卒業生の方々、PTAの方々、これまでのご援助と数え切れないほどの親身あるご協力に感謝致します。
 最後に、皆様方の今後のご健勝とご発展を祈念申し上げます。
 ここに平成14年3月31日をもって大分県立蒲江高等学校は閉校することをお伝えし、式辞と致します。

平成14年3月3日

大分県立蒲江高等学校
校長  榎本 典昭
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大分県教育委員会あいさつ

 大分県立蒲江高等学校の閉校式典に当たり、大分県教育委員会を代表しまして一言ごあいさつを申し上げます。
 さて、本日卒業証書を授与された35名の卒業生の皆さん、御卒業まことにおめでとうございます。 皆さんは蒲江高等学校の最後を飾る卒業生として、これまで3年間の学校生活を立派に過ごしてこられました。
 昨年度、夏の全国高校野球選手権大会県予選では、佐伯豊南高等学校の協力のもと、出場した合同チームは、惜敗
こそしたものの、感動的な試合でありました。
 また、ボランティア活動が大変盛んで、町の花「浜木綿(はまゆう)」を生徒の手で守り育てていこうとする「はまゆう活動」や高齢者福祉活動を実体験するため、特別養護老人ホームに宿泊して介護実習したり、地域に根ざした活動を続けてきました。
 今年度は、同窓会がモンゴルでの学校建設を援助し、「蒲江シャルガルジョート学校」の名を残したことは、ユニークな事業として強く心に残っております。 同窓会の方々の、母校を巣立つ皆さんへの温かい思いやりに感激いたしました。
 また、体育大会や文化祭等の学校行事においても、少ない人数でよく工夫し、全力を尽くされてきたことに心より敬意を表します。
 顧みますと、蒲江高等学校は、昭和23年10月に佐伯第二高等学校蒲江分校として創立以来、地域における人材育成の拠点となる教育機関として多くの有為な人材を輩出してまいりました。 その後昭和26年4月には、佐伯豊南高等学校蒲江分校と校名を改称し、さらに昭和40年4月には、蒲江高等学校として独立し、地域の特性を活かした教育を実践してきました。
 しかし、全国的な少子化に伴う生徒減少期を迎え、学校の統廃合や適正配置を行うこともやむを得ない状況になってきました。 こうした社会のうねりの中で、蒲江高等学校は平成14年3月末をもって、53年と6ヶ月という半世紀を超える歴史の幕を閉じることになります。 4千4百名を超える卒業生と、延べ4百名の教職員が、日々勉学に、教育活動に励んできた輝かしい歴史と伝統は、蒲江高等学校の名称とともに消えることなく、今後も同窓生、地域の皆さんの心の中に残り続けるでしょう。
 最後に、これまで温かいご支援を賜りました関係者の皆様方に深く感謝し、お礼を申し上げて、ごあいさつといたします。

平成14年3月3日

大分県教育委員会
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大分県知事あいさつ

 大分県立蒲江高等学校の閉校式典に当たり、一言ごあいさつを申し上げます。
 当校は、昭和23年、大分県立佐伯第二高等学校として開校以来、53年6月にわたり、輝かしい歴史と伝統を築き、地域の発展に多大な貢献をされてこられました。 この間、4千4百名を超える有為な人材を世に送り出し、県内外におきまして、幅広い分野でご活躍されています。
 これもひとえに、地元蒲江町をはじめ、県南地域の皆様の長年にわたる暖かいご支援の賜であり、厚くお礼申し上げます。
 また、歴代教職員各位をはじめ、PTA、同窓会、関係者の皆様の並々ならぬご尽力に対し、深く敬意と感謝の意を表します。
 昨今、地域社会を取り巻く情勢の変化は急激であり、過疎化や、少子・高齢化が進むなど多くの課題を抱えています。 こうした状況の中で、生徒数の減少などによる高等学校の統廃合が避けられず、本年3月31日をもって校史を閉じることとなりました。
 これまで当校を巣立った同窓生の皆様にとって、母校の閉校は何事にも代え難い寂しさであり、断腸の思いであると存じます。 また、地域の皆様の愛惜の念も深いものがあると拝察いたします。
 長い歴史の中で数々の思い出がありますが、同窓会の皆さんの発案でモンゴルに学校建設を援助し、「蒲江シャルガルジョート学校」として校名が残ることになり、生徒の皆さんは、夏の暑さにも関わらず、廃品回収を行ってモンゴルに文房具を送ったと伺いました。
 また、昨年、夏の全国高校野球選手権大会で、野球部が佐伯豊南高校の応援を得て、合同チームで出場し、惜敗こそしたものの終盤で追い上げる感動的な試合をしたことも強く印象に残っています。
 最後の卒業生となった皆さんは、閉校という状況に意気消沈することなく、学業、スポーツに全力を尽くされたと伺っており、当校にとって有終の美を飾られたご努力に心から拍手を贈ります。 皆さんが築き上げた歴史は、末永く同窓生や地域の皆さんの心の中に生き続けることと思います。
 蒲江高校は53年余の歴史に幕を下ろすことになりますが、生徒の皆さんには、この伝統ある蒲江高校で学んだことに大いに誇りを持ち、次の世代を担う若者としてそれぞれの道で更に精進を重ねられ、グローバルに考え、ローカルに行動し、地域社会に貢献できる人材に育っていくよう心から期待しています。
 終わりになりましたが、お集まりの皆様にこれまでのご支援、ご協力に重ねてお礼申し上げますとともに、益々のご健勝とご活躍をご祈念申し上げまして、あいさつといたします。

平成14年3月3日

大分県知事  平松 守彦
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大分県議会議長あいさつ

 
大分県立蒲江高等学校の閉校記念式典にあたり、県議会を代表して、一言ごあいさつを申し上げます。
 ご案内の通り、本校は、昭和23年、大分県立佐伯第二高等学校蒲江分校として創立され、その後、昭和40年に大分県立蒲江高等学校として独立し、現在に至っております。 この間、時代の要請、地域の期待に応えるべく、施設の拡充を図るとともに、各分野において数々の活動実績を挙げるなど、本県の高等教育の充実、県南地域の発展に大きく貢献してきました。
 また、本校は、歴代の校長先生をはじめ先生方並びに同窓生の皆さんのたゆみないご努力と、PTA、地域の方々をはじめ関係各位の物心両面にわたるあたたかいご支援により、4万4百名を超える優秀な人材を広く県内外へと輩出してきました。
 このような中、今月31日に本校の輝かしい歴史に終止符が打たれますことは誠に残念でなりません。 時代の趨勢とはいえ、かけがえのない青春時代を過ごした思い出深き母校の閉校に、同窓生の方々の胸中はいかばかりかと拝察する次第であります。 また、地域の方々におかれましても、長年慣れ親しんできた本校に対する惜別の情はひとしおのことと思います。
 しかしながら、53年6ヶ月もの長きにわたり築かれてきた本校の伝統と崇高な精神は、皆様方をはじめ多くの関係者の方々の間で脈々と生き続けるものと確信しております。
 どうか皆様方におかれましては、本校の雄姿を深く心に刻まれるとともに、本校の伝統と精神を長く後世へと伝えていただきたいと思います。
 また、本校最後の卒業生となられた皆さんには、本校での貴重な経験を糧に、そして、本校の卒業生であるという誇りを胸に、希望に満ちた新しい道を一歩一歩、力強く進まれることを心から期待しております。
 終わりになりましたが、榎本校長先生、樋口PTA会長さん、桝田同窓会長さんをはじめ、有終の美を飾るにあたり、格段のご尽力をいただきました関係者の方々に対し、深く敬意を表しますとともに、ご列席の皆様方のご健勝、ご多幸を祈念申し上げまして、私のあいさつといたします。

平成14年3月3日

大分県議会議長  牧野 浩朗
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大分県立蒲江高等学校閉校に寄せて

 大分県立蒲江高等学校の閉校にあたり、一言ごあいさつを申し上げます。
 高等教育に期待する蒲江町民の熱意によって誕生した蒲江高校も惜しまれる中、今年度をもって閉校となりました。
 歴史を顧みますと、青年会館や小・中学校の校舎を転々とするという、厳しい教育環境の中、分校としてスタートし、その後定時制から全日制、そして昭和40年には悲願の独立開校となり、今日に至っておりますが、開校以来53年余りの歳月が過ぎ去り、この日を迎えた訳であります。
 蒲江高校は小規模校ではありましたが、地域に愛され、校訓であります養気・学思・強健をモットーに、すぐれた知性と判断力、健全な心身の錬成に務め、地域社会に貢献する有意な人材を育成されてきました。
 その数、4千4百名を超えており、現在も経済・教育など各方面で活躍されていますことは、皆さんご承知のとおりでございます。
 このことは、先生方をはじめ、多くの方々が高等教育の重要性を認識された賜物であり逆境をはねのけ、困難を乗り越え、伝統ある学校を築き上げてきたことに対し、深く敬意を表すものであります。
 本校の卒業生が各分野で活躍されていることを考えると、蒲江高校の存在、果たす役割は大きいものがあります。
 地域、同窓生の方々にとりましては母校の閉校は感無量のものがあると拝察致しますが、閉校されても、今日までの輝かしい歴史・培われた伝統は決して絶えることなく、いつまでも受け継がれていくものと確信をしております。
 卒業生の皆さんは、これから自らが選んだ道で日々精励されることと思います。 様々な試練が皆さんの前に立ちはだかっても、学んだ知識と教えを生かし、克服していってください。
 ハマユウを育て・守り続けた、あの優しい気持ちと、仲間とともに過ごした、この尊い3年間の青春の日々を忘れることなく、それぞれの目標に向かって邁進してほしいと切望するところでございます。
 終わりになりましたが、皆様方のますますのご健勝、ご多幸を心よりご祈念申し上げあいさつといたします。

平成14年3月3日

蒲江町長  尾形 長一
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閉校式スナップ

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